ふくろう通信

2003年3月Ely発

「北の森はまだ冬」
-春の便りはまだ聞こえません-




今年の冬はことのほか厳しい冬だったようです。こちらに戻った3月6日、マイナス25度C。湖も3-4フィートの氷に覆われたまま。1月中旬頃からBelow Zero(華氏)の日が30日以上続いたとか。ドワイトの家は井戸も浄化設備も凍り付いてしまったとか。会う人毎、もうこの寒さにはうんざり!と。北国の住人をしてそう言わしめる寒さとはどんなものか想像もつきません。Mother Nature健在なり、と言うべきでしょうか。今は釣りシーズンのオープナー(5月第2週)までに氷が消えているかどうかが皆の関心事です。

都会を遠く離れたElyでは、きな臭い話題もしばし忘れていられると思ってこちらに戻ったのですが、あにはからんや、Elyの町はイラクとの戦争問題で上を下への大騒ぎ。2月中旬に町議会が戦争反対の決議(3-2、欠席1)をしてしまったのです。聞くところでは、アメリカ全体では100程の市町村で同様の決議をしているようですが、ミネソタ州では第一声だったようです。それもあってかマスコミの関心を集めてしまい、シカゴが続いたりと話題の焦点に。あまりの反響と、町民からの抗議の嵐にさらされた町議会は、急きょ会議を召集、今度は4-2で決議を白紙に戻す決議をしてしまったのです。いきさつはよくわかりませんが、町の議会はそんなことより町の発展に時間を割くべきで、戦争は国にまかせておけ、と。あるいは、そんな決議をしたおかげで釣り客、スノーモービル客のキャンセルが殺到しているとか、事実は定かではありませんが。賛成した議員には脅し、いやがらせがあったことは想像に難くありません。コメント出来る立場ではありませんが、この国で今、戦争反対の声を挙げるには相当な覚悟が必要な事は確かです。



「人生の宝物」
-生涯の友は何物にもかえ難いもの-





今回は少し自分のお話をさせて頂きます。日本に戻っている間に色々な人達と再会する機会を持つ事が出来ました。久しぶりの大学時代のクラス会、高校時代の友人、会社時代の仲間、そして毎年12月31日に忘年会を持ってきたガキのころからの友達。冒頭のスナップはそのときのもの。なんとも楽しそうな表情に自分でも驚いています。

どちらかと言えば、自分から仲間の輪から距離をおいていたような私ですので、決して多いとは言えない友達の数。今となって思えば、もっと素直に、広く友達の輪を広げておく事が出来たらとは思います。そして、仕事を離れた個人となった時、友として挙げる事のできる数の少なさに淋しさすら感じる事も。やはり年でしょうか。年明け早々に親しくして頂いている方の高校時代からの親友が急逝されました。その葬儀に参列させて頂いた時、読み上げられる友人として、心から友の死を惜しみ、悼む弔辞を聞きながら、このようにして送ってくれる友を持った故人は幸せな方、うらやましいな、自分にもそんな友達を持つことができるたらいいな、そんなことを心の片隅で感じていました。

友達を見ればその人を知る事が出来るとも言われます。あるいは、その人の生きざま、人生そのものが友によって語られているのかも知れません。まさに、友達は人生の宝物。それぞれ違った行路を歩む人生、ますます距離は遠く、触れ合う機会も疎になっていくことでしょうが、その絆を大切に、強く育てることが出来たらたら嬉しいと思っています。そして、これからの出合いの一つ一つを大切に。最後に、良き伴侶そして子供達は何より勝る私の宝であることは申し上げるまでもありません。




日本に戻っての楽しみは、温泉に入って、うまい酒と新鮮なお刺身。なんとも月並みですが、日本人ですから。格安パックツアーで国内を旅するのも、このところの定番に。そこで訪ねたのが上の写真の錦帯橋。イメージしていたものとは違ったそのスケールの大きさに、思わず声を挙げていました。力強さを感じました。丁度、修復工事が進行中で、奈良を訪ねた時の、唐招提寺の修復工事と共に日本の匠の技を見せて頂きました。生まれ変わったら大工さんを希望する私にとっては楽しい旅でした。

話は違いますが、日本の航空会社は何時になったら頼れる客室乗務員を乗せるようになるのでしょうか?万一の時には、椅子の間にはさまった乗客を引っぱりだし、パニックになった客を黙らせる事のできる、腕っぷしの強い、肝っ玉の太そうな、頼りがいのある客室乗務員さんを。容姿を基準に選考するような「スッチー」さんを乗せているかぎりは、日本の航空会社は、そのマインドとしては二流といわれても仕方がないのでは。(おやじのやぶにらみ)






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