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「自然体の第二の人生」 この文章の表題は、当自然塾「アウルネスト」の島内氏から頂戴したものである。副題は勝手に付け加えさせていただいた。島内氏には、私がセカンドライフを自然体で楽しんでいるように映るらしい。30年来の友人の頼みでもあり、私にとってもいい機会なので、ちょっと面映いが私の定年後の生き方について考え方を整理し、ご披露したい。 ◇寿命のこと◇ 日本人の寿命が延びているという。私もひょっとすると80歳近くまで生きられるかもしれない。でも元気でいられる期間、いわゆる「健康寿命」はもっと短いはずである。私は仮にこれを70歳と定めている。あと何年生きられるかを意識することによって、日常の生活を充実させることができるという人がいる。私は死を意識するのは恐ろしいから、健康寿命を意識することにしている。 ◇仕事のこと◇ 37年余りのサラリーマン生活。その内の三分の二の期間は海外関連の業務に携わり、いろいろな国に出張し、家族と共に海外駐在も二度経験した。困難な時期もあったが、自分なりに絶えず精一杯やってきたという自負はある。当然ながら自分が自由にできる時間は限られ、大半の時間は会社のために費やされた。それは良しとして、せめて定年後は自分のために時間を使おうと前から決めていた。軽い仕事を続けて軟着陸するのがいいという人もいたが、私は一般にいう寿命に比べて健康寿命がそれほど長くないことを考え、その残りを更に仕事に費やすのは惜しい気がして、定年の60歳で完全に退職した。 ◇伴侶のこと◇ 私にとって家族の存在は極めて大きい。何とか人並みにサラリーマンを卒業できたのも、家族の支えがあったからこそと思っている。特に、専業主婦として二人の娘を育てながら家庭内の一切を切り盛りし、心置きなく仕事に専念させてくれた妻には感謝している。彼女とてこれまでほとんど自分の時間を持てなかったに違いない。だから私の定年後は、自分のためにというより、正しくは二人のために時間を使いたい、しかもできるだけ夫婦で時間を共有したいと思っている。
◇好きなこと◇ 常々もっと時間をかけてやってみたいと思っていたものが三つあった。水彩画とゴルフと旅行である。今この三つが我がセカンドライフに張り合いを持たせ、活力を与えてくれている。 ◆絵は子供の頃から好きで、現役時代も時々水彩画を描いていたが、もっと本格的に描いてみたいという思いに駆られ、そのためには基礎から勉強しなおす必要があると感じ、定年の3年前から近くのコミュニテイーカレッジに通い始めた。今年で5年目になる。妻は将来私の個展を開くのだと意気込んでいる。 ◆ゴルフ歴は40年近い。スポーツはいろいろやったが、競う相手が自分自身であるゴルフほど私にとってチャレンジングなスポーツはない。ただ、長い間やっている割には上達せず、これまでのベストスコアは81。70台を出すのが当面の目標である。時間の共有という趣旨から、最近妻も始めた。 ◆旅行は無条件に楽しい。仕事柄これまで多くの国や都市を訪れたが、仕事で訪れた時と遊びで訪れた時とでは、同じ景色も違って見える。最近は絵の題材探しという目的も加わって楽しみが増えた。とはいえ経済的なこともあるので、海外旅行と、少しお金がかかる国内旅行を年一回づつと決めている。限られた費用で価値ある旅行をするため、何ヶ月も前から計画を練り始めるのだが、この計画段階がまた楽しい。因に、2001年9月当アウルネストを出発点として、島内夫妻と共に中、北西部5州を回った自動車旅行が、私達夫婦にとって退職後初めての本格的な海外旅行である。 好きなことをしている時はいつも楽しいとは限らない。これらにも時としてストレスをかんじることがある。でもストレスの質が違う。少なくとも続けることに義務感を感じたことはない。昭和一桁生まれほどではないにしろ、これまで仕事中心に生きてきた昭和10年代生まれ。退職後、さて何をするかという人が多い中、一つでも二つでも熱中するものがあることを幸せに思う。特に水彩画については、改めて勉強を始めてから一段と興味が増し、自分を再発見した思いである。現役時代から教室に通い始めたのも幸いした。勉強しなおすなら退職前に始めるべしという、絵を描く先輩OBからのアドバイスに従ったのだが、現役時代の3年間がよい助走期間となり、退職した時には完全に生活の一部となっていた。 ◇おわりに◇ と、ここまで書き綴ってくると、定年を機にサラリーマン時代ときっぱり別れを告げ、あたかもページをめくるように生活を一変させたと思われるに違いない。ところが、例えば毎日読む購読紙にしても、新生活には日経新聞よりも朝日新聞の方がふさわしかろうと切り替えたものの、どうも朝日の記事や論評になじめず、ほどなく長年慣れ親しんだ日経に戻ったり、あるいはまた、勤務していた会社から「あなた以上の適任者はいないので」とおだてられ、現役時代にやっていた、社長が海外視察をする時の随行役をアルバイト代りに引き受けたり、37年の間にしみついた垢を完全には落としきれないのが実態である。無理して変えないところも自然体、と島内氏は思ってくれるだろうか。 完
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